ギャルの先輩から本を借りた

職場の隣の席にギャルの先輩がいる。

「私、自称チョコレートアンバサダーだから。」と、ほぼ毎日買ってきたチョコを甘いもの補給しよ〜と言って分けてくれたり、

後輩である私がやった仕事を確認する時も、必ず「ありがとう〜!!どれどれ〜」から入る、この世界で巡り会えたことに感謝するほどとてもいい先輩だ。

 

そんなギャルの先輩が本を貸してくれた。

新品にしか見えないその本は、スレも折れもシワもない茶色いブックカバーがかけられていた。

 

先輩は「まだちょっとしか読んでないんだけど、別の本読み始めちゃったからゆっくり読んでー!」と言って快く貸してくれた。

 

先輩から借りたものはキレイに使わなければ。

自分の本なら通勤電車の中でカバンにズッとしまったりザッと出したりして読んでしまうけど、そんな雑に扱ってはいけない。

 

電車の中の雑多な空気を本の中に閉じ込めてしまうのも、宙を舞う花粉を挟んでしまうのもいけないと思った。先輩は花粉症だし、家の中だけで読むことにしよう。

 

家の中といっても注意は怠れない。

いつもならお茶を飲みながら片手で読むのだが、片手で本をグリンと丸くして読むなんて論外だ。開き跡がついてしまう。

少しでもクセのつかないように、障子のスキマからのぞくようにして読もう。

 

ましてやお茶を飲みながらなんて言語道断。

うっかり茶シミをつけてしまったら新しい本に買い替えて返さなきゃいけないとさえ思う。

好きな先輩だからこそ、失礼のないように私の全身全霊を尽くさなければ。

 

そんなわけで、お風呂に入った後の無菌な状態の私で、ベッドにうつ伏せで寝転がり、洗い立てのタオルを敷き、その上に本の背表紙を乗せて、わずかに開きながら読むことにした。

先輩が家に泊まりにきても、洗い立てのシーツを用意してそこに寝てもらうだろう。本は先輩そのものである。

 

この方法なら、私が本に触れているのはわずか6本の指先だけになる。

本の内側に当てる親指と、外側を支える人差し指と中指。

お風呂に入った後のなんならいい匂いのする指たち。

化粧水と乳液が馴染んだ後にタオルでふいた、今この部屋で最も清潔な精鋭たちだ。

これなら失礼にはならないだろう。

 

しかし人間とは厄介なもので、読んでいるとどうしても緊張してくる。

その緊張は手汗となって、ブックカバーを湿らせる。

 

これはもう手袋をして読むしかないのか、と思ったけど、それじゃあ文化財を保護する人みたいになってしまう。

 

そうなると今度は、あまりにも過剰になりすぎだと気づく。先輩は私をこんな目に合わせたくて貸してくれたわけじゃない、先輩も不本意なはずだと思った。

 

手汗が乾くと、ブックカバーにでこぼことした跡が残った。

本を返す時、手汗でブックカバーがシワシワになったことを言ったら「これ元からだよ!元から!」と言ってくれた。

 

こんな人になりたいと、心から思う。

気遣いもできて気を遣わせないこともできる、人を褒めることが好きで素直で明るくて正義感がある、始業のチャイムと同時に出社してきて会議でたまに寝る。

 

本当に、なんて素敵な人なんだろうか。