伏線が散らばったまま終わる話

1匹のアメンボがいる。

きれいに丸を描きながら、

水面の上をスイスイと歩いている。

 

そのアメンボを狙うのがコイだ。

 

池に咲く蓮の陰に隠れて、

アメンボが近くに来るのをじっと待っている。

 

そのコイを狙うのが鳥だ。

 

木の上でしっぽを振りながら

コイの様子を伺っている。

 

その鳥を狙うのが猫だ。

 

屋根の上から鳥のいる木まで

今にもジャンプしようと構えている。

 

その猫を狙うのが猫好きのおばさんだ。

 

野良猫に餌をやるのが趣味で、

古びたアパートに猫と一緒に住んでいる。

 

そのおばさんを探しているのが大家さんだ。

 

おばさんの部屋ではペットを飼ってはいけないのに、

猫が15匹も住みついている。

 

その大家さんが楽しみにしているのが、週2回のお料理教室だ。

シェフの卵がたくさん通っている。

 

背筋が伸びた端正な顔立ちのカッコいい先生が

もうすぐフランス料理屋を出すそうだ。

 

その先生は家庭に問題を抱えている。

妻の不倫が原因で離婚の危機なのだ。

それでも妻を大切に思っている。

 

その妻が愛してしまったのが、職場の上司だ。

その上司は城戸は行方をくらませている。

ある事件の鍵を握る人物でなのだ。

 

その城戸を追っているのが山中組だ。

山中組は組合員を1人、城戸に殺されてしまった。

 

城戸は山中組から大金を借りていた。

理由は話せないがすぐに必要なのだと言った。

その組合員は城戸に大金を渡す役だったのだ。

 

城戸は円満離婚をし、来月愛人と結婚する予定だった。

新たな人生のスタートを前に城戸は忽然と姿を消したのだ。

大金と事件の鍵を持ち、愛人を残して。

 

山中組のボスは城戸の愛人に接触し、彼の居場所を尋ねた。

 

愛人は狂ったように喚いた。分からないと泣いた。

後もう少しで幸せになれるところだったと叫んだ。

 

それを見た夫は、妻の幸せを1番に思った。

城戸の居場所を探そうと努めた。

 

夫は料理教室で呼びかけた。

もし見つけてくれたら、秘密のレシピを教えて差し上げましょうと言った。

 

呼びかけられた大家さんは、自分のマンションの住民に呼びかけた。

もし見つけてくれたら、家賃を少し安くしますと言った。

 

呼びかけられた猫好きのおばさんは、自分の猫15匹に呼びかけた。

もし見つけられたら、エサをグレードアップしてやるわと言った。

 

おばさんの猫15匹は、元旦の朝の年賀状の配達員のように、

一斉に散らばり、猫から猫へ、また猫から猫へと伝えられた。

 

猫はあちこちで城戸と言う男を探した。

どこの誰だか知らないが、消えた城戸を探した。

 

それでも城戸は見つからなかった。

 

猫は鳥に空から探してもらうように頼んだ。

もし見つけられたら、お前を食べずに見逃してやると言った。

 

鳥はコイに水の中を探してもらうように頼んだ。

もし見つけられたら、お前を食べずに見逃してやると言った。

 

そしてコイは、アメンボの占い師に頼むことにした。

もし見つけられたなら、もうアメンボを食べることはしないと約束をして。

「城戸と言う男の行方が知りたい。」

 

アメンボの占い師は、水の上をスイスイ走り、出てきた模様で占う。

「あぁ、見えてきた!見えてきたぞ!」

 

その瞬間、アメンボは小学生に捕まえられて、どこかへ行ってしまった。